大好きな山崎亮さんの1冊。

『ふるさとを元気にする仕事』

山崎さんのことは御著書を通じて以前から好きでしたが、2021年2月のときがわ自然塾で直にお会いして、ますます大好きになりました!

本書は本屋ときがわ町ioffice店で販売していたのを見つけて購入したもの。

本書を読んで、簡単にまとめると以下の点について学ぶことができ、地域でしごとをつくる仕事をする自分にとってものすごくためになった本でした。

  • 日本人の地域との関わり方の変化の流れ
  • 地域での活動を具体的に発展させていく方法
  • コミュニティデザイナーとしての働き方
  • これからの地域での働き方

これらを踏まえて、ここでは次の2つに絞って考えてみたいと思います。

①地域との関わり方
②ミニ起業という働き方

①地域との関わり方

まず地域との関わり方について。
これは「コミュニティ」との関わり方ともいえるかもしれません。

どういうことかというと、山崎さんはコミュニティには「地縁的コミュニティ」と「テーマ型コミュニティ」の2種類があるということを述べています。

日本が農村社会だった頃は「地縁的コミュニティ」が圧倒的に強くて、農作業や道普請などコミュニティのメンバーとの共同作業を通じて、地域が維持されていたという側面があります。
反面、それが強く出過ぎると、しがらみとして捉えられたり、村八分のような問題も起こりやすくなる。
良くも悪くも、一人の人が属する(ことができる)コミュニティが限られていたといえるのではないかと思います

その反動というわけでもないですが、高度経済成長期以降、都市で生活する人が増えると、地縁型コミュニティから、好きなテーマごとに人が集まってくる「テーマ型コミュニティ」が盛り上がってきました。
そうなると、もはや地元という一つの地域に縛られることなく、自由に居場所を選ぶことが容易になります。
また、現在はインターネットの普及によって、さらに多種多様なコミュニティが出現しており、複数のコミュニティに属するというあり方も一般的になっているといっていいでしょう。

ただ、「地縁型コミュニティ」が廃れてしまったかというと、決してそうではなくて、むしろ最近では地方移住への関心の高まりに見られるように、自分の住みたい地域を自ら選択するという動きも盛んに見られるようになりました。
もちろんその中には、地元に戻ってくるUターンも見られます。
しかもただ地元に戻る、あるいは地方に移住するというだけではなく、そこで自分の役割や仕事をつくって、イキイキと楽しそうに暮らしている人の姿も多く見られます。

もちろんSNSのような発信ツールによってそういう人たちの情報が得られるようになったということもあるかとは思いますが、私の身の回りの人たちを見ると、確実にそのような若い人たちが増えています。

義理でもしがらみでもない、自分が暮らし働く地域で自分で選ぶということは、「地域との関わり方を自分でつくる」という営みことに他ならないと思います。

また、そこでできるコミュニティは、「地縁的コミュニティ」「テーマ型コミュニティ」の両方の良さを融合させた、自分でつくる新たな地域のコミュニティだと思っています。

そういう選択肢が可能となったことを、「地域でのしごとづくり」「地域でしごとをつくる人づくり」をナリワイとする私としては大歓迎したいと思いますし、何より私自身がそういうコミュニティの一員であることを意識しながら、好きな地域の人たちと関わっていけたらいいなと思います。

②ミニ起業という働き方

2つ目はミニ起業という働き方についてです。

2つ目といいましたが、私にとっては①と②は不可分一体のものです。

実はミニ起業は、「地域でのミニ起業」という枕詞がつきます。

地域でのミニ起業とは、

  • 地域と密接に関わりながら
  • 小さくはじめて、大きくせずに、長く続ける
  • 自分や家族や仲間を大切にする

起業のことです。

私はこの地域でのミニ起業家としての働き方を、2018年に参加した比企起業塾で学びました。

大勢の人に囲まれて、都市のなかで窮屈に働くよりも、小さなまちの中で楽しい仲間たちと小さくてもワクワクするしごとをたくさんつくっていく働き方は、今のところ私にとっては性に合っているようです。

「天職」といえるかどうかはわかりませんが、以前の働き方に比べたら格段に心身のストレスは減り、生活の充実感は増したと実感しています。

山崎さんも本書の中で、自分ですべて決められる「個人事業主」という選択肢について言及しています。

個人事業主という働き方は、いま僕が導き出せる答えの一つです。・・・自分がやりたいことを見つけて、それを仕事にして生きていくことも、若い人たちは働き方の選択肢の一つとして持っておいてもいい

まさに私も考えていたことズバリのこの一節を読んで「さもあらん!」と力いっぱい頷いてしまいました。

私は、比企起業塾を卒塾後の2020年3月に公務員を退職し、現在は比企起業大学の講師としてミニ起業家育成のサポートに携わっていますが、今後も「地域でのミニ起業」の良さを発信しつつ、「地域でのしごとづくり」「地域でしごとをつくる人づくり」に取り組んでいきたいと思います!

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本書で気になった箇所を、まとメモとして以下に抜粋します。

「⇒」は個人的な意見、感想です。

(↓まとメモはここから)

まとメモ

はじめに

・僕たちが解決しなければならない問題は、人口が減ること自体ではなく、減り方の中で生じる課題をどうやって見つけ、どう乗り越えていくかということです

第1章 ふるさとは最前線

・日本人の大半は、そもそも都会ではなく農村部に暮らしていました。1940年代、人口の8割は中山間離島地域に住んでいたのです

・都市の人口は急速に増え始め、中山間離島地域の人口はどんどん減っていきます。1990年代には、日本の人口の約8割が都市居住者になりました。わずか50年の間に、農村部と都市部との人口比率が逆転してしまったわけです

・年貢から税金へと移行したことは、日本人の生活の単位が「共同体」から「世帯」への変わった象徴的な出来事のようにも思えてきます

・国に税金さえ納めていれば、住んでいる地域の人たちと深くかかわらなくても、家族で生きていけるようになる。・・・農村部から都市部に移り住んだ人たちにとって、地域住民との共同作業の機会は必ずしも重要ではなくなりました

・町内会を解散するとともに、GHQは町内会が握っていた教育と福祉の機能を抜き取り、新たな組織としてつくりかえるということもやりました
 → 教育部門はPTA、福祉部門は社会福祉協議会

・地域にとって、教育と福祉は住民同士を結び付ける接着剤のような役割を果たすものです。その機能がまちの自治から分離されたことは、まちの中から支え合う大きな理由が失われたことでもあります

・まちの問題は、住民同士が協力し合わなくても、役所に頼めば解決してもらえる。・・・役所に頼めないことでも、お金を払えば業者がやってくれる。暮らしの中で生じた不都合は、お金で解決すればいい。そんな都市生活者の要求に応えられるシステムが日本の社会で構築されていったわけです

・道路や鉄道といった都市基盤が整備されたことは、都市部の拡大にもつながりました。そして、「通勤」というライフスタイルが定着し、都会では「住むまち」と「働くまち」との二分化が加速したのです

・千葉県松戸市役所の「すぐやる課」
 電話をすれば自治体の職員がすぐにやってくれると思えば、住民はまちの「お客さん」になってしまいます

 ⇒ 都市化の過程で当事者意識がまちから失われてきた。「お客さん」になってしまう人が増えた

・主体となるのはまちの人たち。主役が客席に座っているうちは、幕を開けることができないのです

・企業を地方に誘致して雇用をつくるだけでは、都市部と同じ構造を持ち込むことでしかありません。僕らが考えるべきは、資本主義的なシステムに振り回されない「働き方」と、個人主義的な価値観に惑わされない「生き方」の実践なのです

・ふるさとの魅力を再発見し、その土地で豊かな人生を開拓した人が増えれば、その”事実”こそが都市部の人に向けた強烈なメッセージになる

 ⇒ より効果的な周知のためには情報発信が欠かせない。今ならインターネットという強力な発信ツールがある

第2章 ふるさとを元気にする仕事

・計画と実行ーそのどちらも主体となるのはプロであってはならないのです。そこに気が付けば、スキルを「提供する」のが僕らの仕事ではないということがわかってくる。キーワードは”Empowerment”。・・・「やる気や有機や元気を出してもらう」ということ

第3章 自分の未来をどう描くか

・地元に高校がない以上、進学のために子どもたちが島を出ていくことは止められない。・・・考えなければならないのは、島を出た子どもたちが。大人になってから戻ってきたいと思えるふるさとの姿です。そんな未来の設計図となる総合計画を、笠岡諸島のプロジェクトでは未来の主役となる子どもたち自身につくってもらうことにしたのです

 ⇒ その過程を通じて、子どもたちにとって地域が「ジブンゴト」になる

・バックキャスティングは、生き方や働き方を考えるときにもとても役に立つ思考法です。基準になる自分の未来像がわからない、先のことなんかわからないという人もいるかもしれません。でも、決まっていない未来は、他人に決めてもらうものじゃない。自分で決めていいのです

・非日常の中にこそ偶然は潜んでいます。「発見」と言い換えてもいいでしょう。わかりきった日常とは違った世界に足を踏み入れてこそ、幸運の芽は見つけることができる。人との出会いは、その最もたるものです。ただし、出会いという幸運の芽を育て、花を咲かせて実らせることができるかどうかはその人次第

・「幸運」というと、自分の意思とは関係なく訪れるもののようにとらえがちですが、幸運を手にするために人ができる努力こそ、”学ぶ”ということなのだと僕は考えています

第4章 これからの働き方

・労働は苦痛であり、できれば働かずに生きていきたいというのは、キリスト教的な発想です。・・・その思想の下では、「働かずに済む方法=人間の幸福」になります

・大昔から日本人にとって労働は「善」であり、働くという行為は「尊いもの」でした。・・・神様を見習って一生懸命働くことには、自らを高める修行的な意味合いもありました。また、農作業のようにみんなで協力する働き方には、コミュニティの平和を維持・発展させる役割もあった。そういう働き方が楽しみや生きがいにもなり、仕事と私生活とは一体なものとして日本では考えられていたのです

 ⇒ うがった見方をすれば、その時々の権力者が富を集めるために、一般庶民に怠けられては困るから、「一生懸命働くことが美徳」という価値観を広めるために神話を使った可能性も考えられる。農作業に関しても、税を集落ごとに課すことで、一人が怠けたら連帯責任というコミュニティへの帰属の強制が行なわれたともいえる

・お金やモノを渇望する人が都市部を中心に増えてきたことは事実でした。前述したように、お金があれば課題を解決できる仕組みを日本の社会はつくってきたからです

・農村部では、「稼ぎ」と「務め」はセットになっているといわれます。生活していくための原資を得る「稼ぎ」と、コミュニティの一員として果たさなければならない「務め」は、どちらも生きていく上で大切なモノでした

⇒ 今、地域での暮らしや働き方に注目が集まっているのは、昔に戻ろうということではなく、政治や社会の変化に流されるのではなく、テクノロジーをうまく使いつつ、自分の生き方や居場所としてのコミュニティを自分で選択しようとしているからかもしれない

・WHO(世界保健機関)が提唱している理想のワークライフバランスを見ると、「労働」「遊び」「休息」がそれぞれ八時間ずつになっています。これが本当に人間の”理想”だとしたら、僕の生き方は人間失格になってしまう。

⇒ どんな働き方が自分にとって「理想」かは自分で決めないといけない。そうでなければ、その時々の風潮から生じるこのような画一的な基準に振り回される。「生き方」の問題

・正社員をなくすというのは、正規・非正規という雇用の枠組みを取り払ってしまえば、会社で働く人たちの労働条件や賃金の格差もなくなるという問題提起です。それができれば、「正社員として採用されなかった」ということが、不利な条件ではなくなる。この考え方をもっと前に進めれば、会社に就職することに固執する意識も薄れ、自ら主体的に働き方を考える人たちが増えてくるのではないか

・政府統計では、日本で働いている人の数は約6442万人(2012年10月)。そのうち「雇用者」は約5700万人に及びます。じつに88パーセント以上の人が、どこかの会社に雇われて働いていることになります。この働き方が一般化したのは、たかだか100年前のことです。それ以前の日本の就労者は、基本的に個人事業主でした

・働きを金額(給与)だけで評価しないのであれば、他にどんな尺度があるのか? ここまで読んでくれた人はすでに気づいていると思いますが、それは「楽しさ」に尽きると僕は考えています

・手工業ギルドの長所は、職人が一つの仕事に最初から最後まで関わるからこそ生まれてくるものです。分業というシステムの中に取り込まれてしまった人間は、働くことから喜びも充足感も得られなくなる

・分業にしたほうが負担は軽くなるという意見もあります。でも、プロジェクトへの情熱も責任感も軽減してしまいます

・雇われて働くという都市生活者のライフスタイルに、はたしてふるさとの未来は託せるのか? 若者の雇用の創出よりも、若者が自ら選択できる幸せな働き方の創出のほうが重要ではないか

・個人事業主という働き方は、いま僕が導き出せる答えの一つです。・・・自分がやりたいことを見つけて、それを仕事にして生きていくことも、若い人たちは働き方の選択肢の一つとして持っておいてもいい

・99社からの不採用通知は、「あなたは必要ない」と99回宣告されるようなものです

・実際に独立してみると、こんなに素晴らしい選択肢をなぜいままで誰も教えてくれなかったのかと思えた。何をやるか、どんなペースでやるか、どういう順番でやるか、すべて自分で意思決定ができる。学ぶ時間だっていくらでもつくれる。「誰かに働かされている」という感覚は一切ない。これは精神的にものすごい楽。つまりは楽しいということ

・働きの一つ一つはわずかな稼ぎにしかならないかしれませんが、最初から大きな事業を一つに絞って、上手く行かなかった場合のリスクに怯える必要はない。小さな仕事をたくさん集めれば、中山間離島地域では楽しく生きていくことができるはずです。それが若い人たちにも実践できる、ふすさとを元気にする働き方だと僕は思うのです

第5章 ふるさとを元気にする人たち

・「景観十年、風景百年、風土千年」

・コミュニティデザインも、言ってみればまちの人たちの間に水神様を置くような仕事です。人対人の直接的なコミュニケーションではなく、間に置かれた水神様に関することをみんなで一緒にやっているうちに、結果的に地域の人たちのつながりが育まれていく

・まちに関わるということは、暮らしている地域への愛情があることです。ここが交流人口との大きな差。観光客はまちから何かを得るために一時的に訪れるのであって、まちの暮らしをよくするのが目的ではありません

”楽しさ自給率”
 そんな指標を、これからの僕らは考えてみてもいい。参加することでみんなが楽しいと感じられる具体的な取り組みが、住民の中からどんどん生まれてくる土壌があれば、ふるさとの活動人口は自ずと増えていくに違いありません

⇒ 人口の増加は目指す必要はないが、活動人口の増加は目指してもいい。というか目指すべき。人口の数ではなく、質を上げるということ

・必要なのは、自分が暮らしているまちの魅力を知り、人と人とのつながりの中でみんなが共有できる楽しさを創造していく力です。そこから得られる楽しさが、まちの人たちから感謝されたり、地域のためになることとセットになれば、活動人口は増えて日本人の楽しさ自給率も高まっていくと僕は思います

・小さな農業で食べる分だけの食を得て、本当に必要なものだけを満たす小さな暮らしをし、大好きなこと、やりたいこと、なすべきことをして積極的に社会と関わっていくこと。これが「半農半X」の概念。「X」はミッション(使命)であり、塩見さんは「天職」という言い方もします。自分らしい働き方を「X」に当てはめることができれば、一人一人が社会の課題を解決していくための生き方の一つのモデルになるという考え方

⇒ 単なる複業ではなく、「X」はミッション

終章 未来を切り拓くために

・正しいだけでは、物事は上手く回っていかない。正しいというだけで突き進んで行ける人は、少数しかいない。正しくて、なおかつ楽しいから、賛同者は増えていく

⇒ 将来が見通せないVUCAの時代は、「正しさ」もあいまい。とすれば拠り所は「楽しさ」しか残らない

・「再生=Play=人々が楽しく活動すること」